![]() オーストラリアの北東部に位置するケアンズは人口13万人の小都市である。1876年に西部の山中に発掘された金鉱地の港町として開拓され、さらに100年前、ジャングルと渓谷の過酷な環境条件の中で多くの犠牲を払って金鉱への物質搬送の鉄道が敷かれたことで町の形態が確立したそうだ。ちなみにTVの「世界の車窓から」にも、この鉄道が登場している。 ![]() 110年前、すでに熊本、和歌山、広島から3~4年の契約で3000人を超える日本人の出稼ぎ労働者がここオーストラリア・ケアンズのサトウキビプランテーションで働いていたという。驚きである。現在、このケアンズに住んでいる日本人は2000人程度だが、毎日のようにわんさと日本人観光客がやってくる。市内の目抜き通りには日本人が溢れかえり、多くのショップには日本語の案内看板があり、日本人店員が応対している。まるで夏の湘南海岸あるいは原宿か軽井沢の様相である。もちろん観光客は日本人ばかりではなく、世界有数の国際観光地として欧米から多くの観光客姿が押し寄せている。 明るい太陽の日差しの下で、水着や大胆な薄着スタイルの若い白人女性がところかまわず闊歩している。仲良く手を取り合う老夫婦。肩を寄せ合い、海を眺めているカップル。我々の日常の世界から乖離した情景に気おくれ、戸惑いを感じていたのもつかの間。ケアンズの空気は、外来者をすぐに溶け込ます魔力がある。 ![]() 「自然、人、歴史」を少しずつ紐解きながら、フィリッピン、タイ、インドネシア、中国を駆け巡り、ハワイ、マレーシア・ペナン、そしてオーストラリア・ケアンズのスローライフ。これら体験は私たち夫婦のセカンドステージの序奏にしかないが、今回もまた多くの大切な価値あるものを与えてくれたように思える。このブログは、2006年4月~5月、および2008年1月~3月にオーストラリア・ケアンズ滞在中に撮影した写真と、友人にあてた便りを再編集したものです。 これからケアンズに長期滞在する方、旅行する方への参考としてご笑読いただければ幸いです。(39回に分けて掲載) マレーシア・ペナンのブログも公開しています。 ”東洋の真珠”ペナンからの便り http://belponte.exblog.jp/ ・ケアンズ全景写真:Peter Lik publishing ・日本人の出稼ぎ労働者の写真: ケアンズ博物館所蔵資料 下記の広告は筆者とは関係ありません。 # by tn-dragon | 2008-03-10 11:00
![]() 地元新聞(CairnsPost)では、今年は去年より3%増の過去最高の出産数になるであろうと予想している。 なぜこんなに増えるのか?ケアンズ市立病院産婦人科の医師は、理由は良くはわからないが、おそらくケアンズ市のregion credit(自治体に対する信頼)であろうと述べている。 確かに世界的な観光都市ケアンズは、生活インフラは見事に整備され、子供の成育に大切な生活環境と自然環境が充実していることで、子育てには魅力的な都市なのであろう。国内外から若い人の流入が絶えず、人口構成も明らかに若い。年寄りは何処に?? ケアンズは、物価が高い。日本で仕入れたロングステイのための情報では、日本の2/3となっているが、実際はほぼイコール。なにも安くない。ハッキリ言ってとても年金で暮らすようなところではない。2004年に65円だったオーストラリアドルは今やA$1=92~100円。市内バスは最低A$2.45。住宅は日本並み。A$200/週の賃貸は当たり前。洗濯機、トイレ共同使用とかの木賃安アパートは確かにあるが…。経済的に豊かでない若い独身たちは大概2人でシェアしている。物価高騰の原因はジャパンマネーが大きく起因していると地元の人は迷惑そうに言う。日本から押し寄せる観光客、私たちのような短期滞在者の購買力によって、値がじわじわ上がっているとのこと。さらに最近のガソリン価格の急騰も追い討ちをかけているようだ。A$135(unleaded)/㍑は日本以上かも。ベビーブームに水を差さなければ良いのだが。(wrote2006) 注)2008年後半に起きた世界的な金融危機の影響で、オーストラリアドルは40%も大暴落し、一時、1豪ドル=58円まで下落したが,2010年8月1日現在1豪ドル=78円まで回復した。 # by tn-dragon | 2008-03-10 10:59
ケアンズの町は歴史的には古くはないが、いまも古き時代の伝統的な特徴を持つ建物があちこちに残されている。英国建築をモチーフとするデザインで大部分は木造構造である。現在もこれらヘリテージ(Heritage)は、ホテルや博物館、店舗として機能している。1階はアーケード、2階は回廊となっていて、強い日差しや、熱帯特有のシャワーをここで凌げることができる。 町並み景観条例があるのかどうかわからないが、新たな建物もHeritage風のつくりをしているものが多く、全体に落ち着いた街の風情となっている。 高層建築はEsplanade沿いの一部のホテル、コンドミニアムを除いてほとんどない。並木も整備され、全体に清潔さが感じられる高級リゾート地としての風格がある。 一般の住宅街は、市の中心から車で数分程度のところに広がっている。典型的な住宅はクイーンズランダーと呼ばれている高床式住居の木造2階建てで、各住宅とも居住空間は2階に位置し、広い庭を持っている。床を上げることで、風通しをよくし、熱帯地域の高湿気を防ぎ、また蟻・ヘビなどの侵入を防いでいる。床下空間は車庫、物置あるいは雨の日の洗濯もの干し場などに使っている。 窓は開放的で大抵はlanai(バルコニーのような居間)がある。日差しをさえぎる長い屋根、庇が美しい住宅デザインとなっている。面白いことに方位は余り関係ない。どの家も居間、寝室の天井には暑さを凌ぐ大きな扇風機がつけられている。日本住宅もそうであったように、冷房や除湿機器、新建材が普及してくると、次第にデザインや構造形式を少しずつ変え、伝統的統一感が失われてくるのはいずこも同じか。ニューサウスウエールズ州では、景観を保つためにオーストラリアの特徴的な赤土を粘土にした屋根瓦を推奨しているというが、クィーンズランド州のケアンズではまだそのような気配はない。 (wrote2006)
# by tn-dragon | 2008-03-10 10:58
オーストラリアについて、多くの日本人はたいした知識を持たないのではなかろうか。せいぜいコアラと羊毛、水泳のイワン・ソープ程度。歴史的には、シドニーオリンピックでキャシー・フリードマンというアボリジニの選手が脚光を浴び、その時この国のアボリジニをはじめてテレビで知り、白豪主義を貫いてきた国なのだとしか正直、認識を持ち合わせない。いまこの国でスローライフを始めようとするには、あまりも非礼なことである。
![]() 可能な限りこの国を理解するべきなのだと自分にしっかり言い聞かせなくてならない。なぜオーストラリア軍はイラクに派兵しているのか。そしてまた、最近ではソロモン諸島の政変に警察、軍隊が出向くのか。反日感情は本当にないのか。こうした疑問に説明できる日本人はどれだけいるだろうか。実にさびしい限りである。このまま無関心で過ごすのであれば、ミーちゃん、ハーちゃんと同じ、ただの通りすがりの観光客である。 オーストラリアにSBSという公共テレビチャンネルがある。NHK newsも1日1回だけ放映される。大半は英語系の番組を流しているが、イタリア語やスペイン語など様々な言語でそれぞれの国のNewや番組をストレートに流している。日本では海外番組はすべて日本語に吹き替えとしているのと大違い。なぜなのだろうか。その謎がなんとなく解けてきた。飛躍した考えかも知れないが、たぶん「多文化主義」が作用しているのではないだろうか。現在、オーストラリアは「白豪主義」に代わり、国の基本政策として「多文化主義」を推し進めている。戦後オーストラリアは、大陸防衛と経済復興のために、北欧や東欧、からの避難民やギリシャ、イタリア人さらにトルコ人など、最近まで非英語圏から組織的移民を大量に受け入れてきた。その結果、国内の人口構成比が大きく多様化するが、非英語系移民・難民の持つ多様なminorityの文化・言語を保護、発展させ、オーストラリア国民文化の発展にうまく役立てている。ケアンズの街では英語系白人が観光客としては圧倒的だが、店舗や一歩奥に入ったところでは、様々な言葉が聞こえ、そこに文化がしっかり根を張っている。新大陸オーストラリアは確かな足取りで、「多文化国家」を歩んでいる。昨年訪れたマレーシアは多民族国家であり、テレビ画面には公用語である英語のsuper-imposeをつけ、多様な言語に対応させているが、オーストラリアは生の言語をそのまま流す。2重音声とはなっていない。多民族国家と多文化国家。奇妙な偶然かも知れないが、単一民族国家から飛び出て、異国でのスローライフを楽しむ意義、好奇心がまた増幅した。 (wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:57
地元の新聞(Cairns Post)にびっくりする記事を見つけた。日本の女性がアダルトサービスの欄に堂々と携帯番号を載せ客待ちしている。こんな記事を載せる新聞もどうかと思うのだが、とうとうここまできたか。ケアンズにはワーキングホリディビザで来ている日本の若い女性が実に多い。何しにきているのかと疑いたくなる者が街角にもいる。もちろんほとんどの女性はまじめに就学、就労しているようだが.....。遠いい過日、New York在住中、親の目の届かぬ地球の裏で誰も見ていないことをよいことに、女子留学生が羽目を外して信じられぬ行動をおこしていたのをフト思い出した。 ケアンズは、観光都市のせいか夕方5時から10時頃までが、一日でいちばん活気がある。この時間になるとアイリッシュバーからは賑やかなバンジョーやエレキが鳴り響き、街の中心にある広場(City Place)や Esplanadeの野外ステージからジャズやポップスの音が聞こえてくる。そしてオープンカフェバーには大勢の観光客がビール、ワインを手に声高に談笑。しかも風俗店も10時にはClose。実に健全である。 オーストラリアは、質の良いブドウが収穫できる恵まれた国で、日本ではあまり見かけないスパーリングの赤ワインや、デザートのように甘くて香り高い貴腐ワイン、そしてケアンズ近郊でしか手に入らないマンゴーワインがある。カスクワインはポピュラーなワインであろう。ビールも種類が多い。ケインズのあるクイーズランド州産のビールはXXXX(フォーエックスとよんでいる)。 たまに深夜ひったくりがあるようだが、ケアンズの治安はすこぶるよい。交通ルールもしっかりと守られているようだ。事故や犯罪でパトカーが走っているのをめったに目にすることがない。観光客や他国からの永住者が増えることで、街の風紀や品位を乱すようなヤカラが増殖することをケアンズの市民は一番おそれているのではなかろうか。テレビではScamに用心するよう注意を呼びかけている。高齢者や観光客がターゲットになるのはどの国も同じだが…。 この時間,昼間には気がつかなかったお宝を発見をする。TakeAwayのミートパイをおにぎり感覚でかじりながら、わくわくしながら裏道を探索するのが実に楽しい。 (wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:56
【case1】ケアンズの街の中にはインターネットの店がたくさんある。ガイドブックに書いてある日本語対応可能の店に先ず入って、スイッチオンしたところなんとMicrosoft Office Wordがない!すぐに飛び出て別の店にいった。やはりない。諦めかけていたところ、そこにいた客らしき若い男が近寄ってきて、困っている私に事情を問い聞いた。するとOffice Wordがある店を知っているから案内するといって別の店に一緒に連れて行ってくれた。確かにMicrosoft Office Wordはあったが、すべて英語対応。
WindowsXPでないので日本語変換は無理。日本語でないとメールの受け手が困るといったら、さらにその若い男は少しも面倒なそぶりも見せず、また別の店(4件目)に私を引き回し、そこでなんと店主に直に談判し始めた。そして…見つかったのである。しかも料金が安い(A$2=1時間)。執念というか、親切過剰というのか。恐れ入った。感謝感激。この若い男は今風のイケメンで、ケアンズの北100km位の町パームコープでカヤックのインストラクターをしているという。ぜひ遊びにきてくれと商売の方はしっかり忘れていない。【case2】ケアンズの中心街からわが住まいまで、約2.5kmある。大概はタクシーか、バスを利用することになる。しかしケアンズでは決められたところでしかタクシーは乗り込めない。今日は日用雑貨を買い物した後でタクシーに乗ることにしたが、あいにく買い物した場所が悪い。ケアンズは流しのタクシーは期待できない。しかしタクシーとバス乗り場までは遠い。店からタクシーを呼んでもらっても早く来ることはまずない。待ちくたびれるのがオチ。わかっていながらこんなところで沢山買い物する方もアホ。困っていたら。歩道のベンチに腰掛けていた男女カップルが声をかけきて、事情を話したら、「自分たちの車で送ってあげるとよ!」と軽く申し出。予想をもしていなかったことでビックリ。雲助ではないかと一瞬身を引いたが、そんな悪に見えない。ありがたく親切を受ける。そして無事帰還。 【case3】スパゲティを湯立て、さて缶つめのミートソースを開けようとしたら、缶切がない。慌てた。何か代用がないかと部屋中探しまわったがあるわけがない。 どうしようと考えた挙句、一瞬閃いた。 そうだ! 目の前にあるレストランで開けてくれるかも。断られてもともとと、持ち込んだ。 Could you do me a favor? ……. 入口の女店員は、すぐに状況を理解し店長に伝えた。もちろん返事は高感度Surely! 助かった。すぐあとで知ったことだが、缶切は台所にあった。それが缶切とは全く認識してなかったのである。右写真どうやって使うのかわかります?まだまだ、親切物語はあるがこのへんで。 ケアンズのAussieはなぜ親切か?その根源をじっくり探ってみよう。 (wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:55
古代から続く複雑な構成の原始植物からなるRainforest(熱帯雨林)。ここの熱帯雨林のシダの元祖は1億5000万年までさかのぼる。雨林1haの一画には、それぞれ重さにして400トンもの植物生命体が存在し、堆葉は年間で14トンにものぼる。この熱帯雨林を維持するには、膨大な雨が必要となる。「地球の生命を支える力強さを持ってはいるが、実はとても繊細でもろい存在なのです。」と、いかにも知ったかのように熱帯雨林を語るのはトテモおこがましい。失礼も甚だしい。先ずは写真で、世界最古の熱帯雨林のほんの入口をご案内。鮮明なブルーの幻の蝶「ユリシスバタフライ」を偶然に3度も目撃(But写真撮影は叶わず)。3度見られると幸運が訪れるという。さて…….。
![]() ![]() ![]() ![]() (Wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:54
ケアンズは、南緯18°のところに位置している。ハワイより赤道に近い緯度である。従って1年中暑い。常夏の地域である。
赤道を境にして北半球と南半球とは水や空気の渦が逆巻きになるという。本当だろうか?赤道を越えてここケアンズに来て、実際にこの目で確認したいと思う気持ちがあった。それが、答えを知るに絶好のチャンスが突然やってきた。日本で言う台風にあたるサイクローンが、ケアンズ到着間もない日に急襲してきたのである。3日前に発生し、急激に発達しカテゴリー3になってケアンズのすぐ北側に上陸した。ヨーク岬半島を横断し、その後も衰えることなくカテゴリー4にまで発達した。 この気象衛星のTV映像をみていただきたい。まさに日本の台風と違いハッキリ右巻きである。 サイクローンがきたおかげで、南半球における気象についてのミニ知識を得た。南回帰線(緯度23度27分)よりほぼ北側では、気流は東から西に流れ、南回帰線よりも南では西から東に流れる。今回のサイクローンは、東から西移動し、大陸に上陸した。ケアンズの北を通過したことで、風は南西から南東に変化していった。雲の映像でわかるように、この南東風は南極側の冷たい空気を呼び込むかたちになり、通過後は急激に温度が下がり、天気の回復は遅れ、台風一過とはならなかった。と言うことはケアンズの天気の回復は大陸中央の高気圧の東側への張り出しが弱いと、雨が降りやすいという理屈になる。プールサイドのデッキチェアに寝転がり空を眺め、雲行き、風向きを気にしながらわずかな時間の日光浴も乙な楽しみとなった。今日もまだ南東風。この風向きではしばらく天気は不安定であろう。渦巻きのついでに、オーストラリアの海苔巻き寿司がユニークである。渦巻きは右巻き?どうでもよいが、その形が変わっている。 日本ではマグロ、卵焼き、干瓢などの具を、シャリで巻き込むのだが、こちらは、具が一番外側にあり、海苔が中に巻き込まれている。見た目には色とりどりになり、実に美味そうに見えるのが不思議。にぎり寿司的な発想だ。そのうち日本でも流行るかも。回転すし屋も数件ある。Aussieは、寿司が好きらしい。何処の店も子供連れで混雑している。こちらの魚屋で売っているマグロは、見かけはよくないが、安いし美味い。マッド蟹は珍味。イセエビも安い。SEAFOOD料理は特にお薦めだ。 (Wrote2006) 註)ケアンズのあるクイーンズランド州南部は2010年暮から2011年1月にかけて記録的大規模な洪水に見舞われ、さらに同年2011.2.3にカテゴリー5の超大型サイクロン「ヤシ」がケアンズ南部を直撃した。 # by tn-dragon | 2008-03-10 10:53
![]() 大小さまざま、カラフルな鳥が、あちこちに飛び回っている。朝夕は特にうるさいくらいだ。不思議なことに、日本の田舎や郊外では当たり前に見る蛾とか、カナブンのような甲虫類を、ここケアンズ市内ではほとんど見かけない。サルや鹿、ヘビも下山してくることはない。熱帯雨林にも季節がある。いま晩夏、初秋のケアンズは時々蝉が鳴き、赤トンボが飛び回っている。 2つの自然世界遺産の中にある世界でも特異な都市ということで、ジャングルにいる動物たちが身近にいるのは当たり前のことなのである。グレートバリアリーフの海でも満潮時に、海岸通りのEsplanade(遊歩道)の脇で、市民が網をうって海老や魚を採っている。ここに塩水に生息するクロコダイルが最近出没したので注意との立て看板がある。ケアンズは、まさに海も山も平地も危険と背中合わせではあるが、<大自然と人間の共生の場>としての貴重な実験場なのかも知れない。 ![]() 夜来の猛烈な雷と豪雨も未明には止み、やや涼しい朝となった。散歩がてら住まいに隣接する国立自然植物園に入った。植物園といっても大部分が自然そのもの、人の手が入っていないジャングル状態。蚊に刺されないよう用心して、あらかじめ日本から持ってきた虫除けスプレーを満遍なく吹き付けてきたのにも関わらず案の定、腕足の数箇所に見事に攻撃を受け赤く腫れ、特別に痒い。園内に作られたオープンカフェで平気でモーニングコーヒーを飲んでいるオージーの集団がいた。しかも男も女も半そで、短パン姿だ。普通の人は全身蚊に刺されるのは間違いない。彼らは免疫力が強いのか。日本製スプレーは効果ないのか。全く動じないのにはおそれいった。 ケアンズでは、住宅の中に小さな蟻がよく入ってくるということで、スーパーでは蟻退治用のさまざまな殺虫剤を売っている。我が家ではまだお目にかからないが、油断禁物。食料はすべて封印が基本。オーストラリアでは、専門的知識を持つエコガイド認定制度があり、自然観光には必ず認定されたガイドの同行が義務付けられている。彼らからは森の植物に、むやみに触れるなと厳しく忠告される。触れた瞬間に猛烈な痛み出て、一ヶ月も苦しむという。一見、トゲがないように見える葉も触ると衣服をビリビリに切り裂くものもある。またこの熱帯雨林は薬草が多く採れ、現代薬となる貴重な植物の宝庫でもある。ガンの抑制剤となる植物も発見されているそうだ。環境問題への認識、旅行者の啓蒙等、貴重な自然をいかに守るのか、比較するまでもないが、日本は古来、豊かな自然に恵まれた国である。「無策は国を滅ぼす」、考えねば。 (Wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:52
熱帯雨林に隣接した町に、住もうとするには覚悟しなくてならないことがある。油断すると予想もしない生物に襲われる。ケアンズの市街地は比較的清潔な街づくりをしていることから、とんでもない生物が中心街に現れることは少ないが、ひとつだけ問題がある。それは地元の住民には問題ではないが外来者、特に日本人は被害にあう確率が高い。Sandflyという名で、名前の通り砂粒のように細かな体調1㎜程度のハエで、目を凝らして見ないと存在を確認できない。飛ぶ音も聞こえない。マングローブの林や密林の中に生息し、風に乗ってやってきて、忍者のように体にまとわりつく。このSandflyがやっかいなのは、刺された瞬間は全く何も感じない、いや気がつかないのだ。まる1日たつと赤く腫れ、我慢できないかゆみがでてくる。かゆみは1週間ほど続く。欧米人やオーストラリア人はこのハエに刺されても免疫があるらしく、腫れることはない。しかし、日本人などアジア系は免疫がないためにモロ症状が現れる。
私も妻も事前に聞いていたので、十分気をつけていたのであるが、油断し虫除けスプレーをせずほんのちょっと外出した隙に、とうとう被害者となってしまった。刺された翌日には2mm程度の赤い盛り上がった斑点が現れた。実にかゆい。このハエは吸血昆虫の一種でメスだけが卵を生成するために人や動物の血を吸う。伝染病などの病原菌を媒体することはないといわれているが、これを掻くとひどいことになる。腫れがどんどん広がってゆく。この厄介者には専用の防虫スプレーとかゆみ止めがいる。日本の虫除けやかゆみ止めでは効かない。私は手足に18箇所、妻は12箇所。たいへんなことになってしまった。1週間ほどできれいに直るということだが、若くない肌には後遺症が残るかも。マングローブに林の中、熱帯雨林の中には、国立公園として木製の遊歩道が整備されている。日本人観光客はこの道を歩くときには、完全装備していくべきである。![]() 免疫力の強いケアンズのAussieは、老若男女問わず、裸足で歩くのも好きである。街中、スーパーマーケットの中、ところかまわず裸足で歩いている。特に若い女性に多い。試しに真似して裸足で歩いてみたが、少しの道の凸凹でも痛くて歩けないし、常夏のケアンズでは、路上は焼けた砂浜を歩くようなもので我慢できない。Aussieの足の裏の構造は日本人とは違うのかも知れない。もちろんアボリジニの方々は、子供も親も裸足が定番。いつの間にか、日本人の足の裏は柔になってしまったのか。それよりも裸足の日本人はみすぼらしく見えるのでやめた方がよい。裸足で、水着同然のいでたちで街中を歩く若い女性たち、実にワイルドな魅力を感じる。きっと偏平足もいないのでは。 (Wrote2006) Sandflyの写真は、Wikipedia, the free encyclopedia引用。 # by tn-dragon | 2008-03-10 10:51
4月25日はANZAC-dayで国民の祝日。ANZACとはAustralian and New Zealand Army Corpsの略で、第1次大戦時のオーストラリア・ニュージーランド連合軍をいう。なぜこの日が祝日なのかというと、日本で言う建国記念日のようなものだからだそうだ。第1次大戦時に初めて海軍を創設し、本土防衛に当たらせていたが、イギリス帝国に属していることを誇りとして中東でイギリス、フランス軍とともにトルコ軍の守るガリポリ攻略に参戦したが完敗。しかし、オーストラリア国内では美事のみが過大に報道され、作戦が敢行された日を祝日としてしまったそうだ。事実に反しているが、この勇気を「ANZAC神話」として今も国民の中に健在している。
![]() 日本では、国家がずっと以前から存在していたから、このようなことはないが、オーストラリアはイギリスの植民地国家であったがゆえに、また国の成り立ちが、流刑を起源するマイナスイメージが強く、ANZACのような事件がオーストラリア人のIdentityの原点・核となったと考えられる。第2次大戦では、ANZACはいままで忠誠していたイギリスがあてにならず、アメリカに援助を求め、日本軍と戦った。現在、イギリス依存からアジア・太平洋国家に転換しようとしているが、99年の国民投票で共和制が否定され、まだIdentityは依然として曖昧で自らの存在を見出せないという。オーストラリア人のIdentityは、オーストラリアを知るに興味は尽きない。 日本は、江戸時代に開国したときから、日豪間に交流があり、1854年の日英和親条約締結以降、オーストラリアは日本に友好的で日本ブームさえ起こっていたという。しかし第2次大戦において、軍人・一般市民合わせて一度に243人が死亡した日本軍による1942年2月19日のダーウインへの爆撃はオーストラリアにとって、植民開始以来、空前絶後の恐ろしい出来事として語り継がれ、反日感情が今も隣り合わせにある。 ANZAC-dayの日、住まいのプールサイドで一緒に日光浴をしていたニュージーランドから来た老夫婦とAussieの食事談義をしていたが、ふとANZACのことが気になり、「日本人は今日一日外出しないほうがいいですね? (Should the Japanese not go out all day long today?)」と冗談ぽく軽く聞いたら「そう思うよ」。やはり本音があった。この日のテレビは、侵略時の残虐な日本人の映像が繰り返し放映されていた。今、多くの日本人が、観光や短期留学など様々なかたちで訪れているが、オーストラリアが近年まで白豪主義のもと移民制限法を施行していたこと、また2つの大戦を通じ、日本人に対するアレルギー(恐怖感も)があった事実を知っておくべきだろうと思う。 オーストラリアを何故か「濠太刺利」と漢字で書く。これを短く豪州と略す。また英語ではAssieまたはOZと略す。オーストラリアにはこの豪州をなぞって「豪酒」という名の日本酒がある。オーストラリア製の吟醸酒である。やや甘味があるがなかなかのものである。「豪酒」はもちろん、日本酒はケアンズの街中のLiquorで簡単に手に入いるが、焼酎を探し出すのは容易でない。日本から持ってきた「薩摩気」は貴重品である。(Wrote2006)(写真の豪酒は、「TSUNAMI」の輸入総発売元、三国ワイン株式会社のHP「オーストラリアの清酒」から転載) 〈ダーウイン 大戦'は、オーストラリア大使館広報部資料「第二次大戦と日豪恩讐を越えて蘇る戦後の友好・協力関係」を参考) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:50
ケアンズの街中の民芸店で、妙なものを発見した。ブーメランの横に様々な模様が入った長さ1.2mくらいの竹の筒のようなものが何本も立てかけてある。装飾工芸品なのか。武道や運動の道具にも見える。ここはアボリジニの民芸店で、やや浅黒い肌のアイヌ人に似た顔つきの店員に聞いてみた。なんとそれは楽器だったのである。
どんな風に鳴らすんだと聞いたら、デモしてくれた。筒の最上部に口を当て、唇を震わせながら音を出す。想像以上に素晴らしい音が聞こえてくる。指で押さえる穴はなし、なんと唇の加減だけで何種類もの音色を作り出すことができる。思わず拍手。腹に響く太い低い音から、尺八の高音のような音まで一本の筒から、なんと多くの、豊かな響きが湧き出てくるのであろうか。感動する。思わず私も挑戦してみた。しかし無残。トランペットの3倍もあるmouth pieceなのでうまく唇が震えない。スースーと情けない音しかでない。彼らとは根本的に唇の大きさ、厚さが違う。いろいろ教えてくれたが、やはり無理。断念。日本にもって帰っていこうかと思うが長すぎるし、音がでないのでは意味ない。 これはディジュリドゥ(Didgeridoo)と呼ばれる世界最古の楽器だそうで、アボリジニの宗教儀式には欠かせないものだそうだ。材料はユーカリの幹をシロアリが食べ空洞になったものを使うということだが、おそらく民芸店のものは人工的に製造したものと思われる。シドニーに旅行に行ったとき街頭演奏をしていたグループにであった。筒に顔を突っ込んでいるような格好で実に見事な音楽を奏でている。クラップステックという独特の拍子木をカンカンと鳴らしてリズムを取っている。素朴な曲ではあるが、快い音楽である。ちなみにディジュリドゥは女性が演奏することはタブーだそうだ。 後で、調べたら世界的に有名なディジュリドゥの伝統的な演奏家がいるそうで、名前はジャルー・グルウィウィという。またヨン・インディという人はディジュリドゥ音楽とロックを組み合わせた国際的な演奏家だそうだ。機会があったらぜひ一度演奏を聴いてみたい。今夜は、住まいの近くの公園の中にあるTANKS Art CentreのステージでJAZZのコンサートがある。久しぶりに妻と音楽鑑賞する気持ちになってきた。 (Wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:49
ケアンズから南に100kmほど行った山の中に、忽然と崩れかかった一見お化け屋敷のような廃墟となった城が現れる。この異次元の世界を思わせる城の話をしましょう。
この城は、王家でも豪族でもないスペイン人の実業家ホセ・パロネラという人が、子供の頃から自分の城を持ちたいという夢を叶えるためにオーストラリアにわたり、1935年この地につくり上げたもので、建築家でもないホセが自らの手で、美しい滝のあるメナ川のほとり、13エーカーの敷地に鉄筋コンクリートの城と美しい庭園を建設し、壮大な自分の夢の家を作り上げた。ディテールは稚拙だが、よくぞ素人がここまで創り上げたものだと驚かされる。いまは廃墟とはいえ、贅沢なつくりの大広間、大食堂、展望台等があり、実に手の込んだ施設であることが垣間見られる。庭園には愛の小道、愛のトンネル、秘密の庭、願いが叶う泉など、夢が満載している。しかし、1946年に大惨事が起こり、わずか10年で夢の城は洪水ですべてが破壊されてしまった。その後、修復を試みるが、度重なる洪水で再び完成することなく1976年に火災が起こり、メインの建物が消失。そして1986年にサイクロンが庭を破壊。廃墟としてしまった。この廃墟をそのままに保存し、2003年に州の重要文化財に指定され、庭などが一部修復され観光地として一躍脚光を浴び復活するも、今年(2006年)3月20日にこの地を襲ったサイクロンが無残にも庭園の木々をなぎ倒し、廃墟をさらに傷つけてしまった。 いつか自分の城を持ちたい、城に住みたい思う夢は、誰しもも同じである。実際にホセ・パロネラのように夢実現に強い意志で立ち向かう人は少なくはない。日本にも夢の天守閣や豪勢な邸宅を手に入れた「にわか大尽」はいる。しかし、それらと比べ、何ゆえに、築70年しかたっていない歴史的存在価値の希薄なホセ・パロネラの城が、注目されているのか、奇妙な話である。200年の歴史しか持たない国では、heritageの考え方が違うこともあるが、ここのガイドが熱心に説明していることは “夢は生き続ける”である。少年ホセが抱いた夢がいまも生き続け、いつか叶うという言葉が多くの観光客を魅了しているのかも知れない。貧乏だったホセが努力しやっと得た資金で城を作ろうとしたが、彼女は既に別の男と結婚していた。そして彼女の妹と結婚することになるが、愛と夢に満ちたお城で次々と起きる出来事が、一層ロマンチックなドラマを増幅してきた。 車で道に迷いながらやっとたどり着いたパロネラの城。ボロボロに傷ついたスペイン洋式の廃墟を、愛の泉からじっと見ていると、蚊に刺されることも忘れ、いつしか妻と私は遠いい日を思い出すように若き恋人同士の気分になってきた。 (Wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:48
まさかカンガルーまでイナバウアをやるなって思ってもいなかった。この写真きっと日本の報道に高く売れるかも?こやつ拍手したら何度もイナバウアをやってくれる。誰が教えたのか実に見事な技である。Aussieの人にはイナバウアがわからないのか、カンガルーの演技にぜんぜんうけない。
常夏ケアンズで、フィギアスケートなど見たこともないのだろう。それにしても、Aussieのスポーツはわれわれに馴染みのないスポーツばかりなのだろうか。 野球のようで野球とは異なるクリケットにいたってはテレビを見ていてもさっぱりルールが理解できない。少しも面白くない。観客が少ないのに何で、毎日実況放送しているのだ!と文句も言いたい。今時、ラグビーなんぞは、マニアックな連中のスポーツかと思っていたら、Aussie達の興奮度は凄いのなんの。日本のプロ野球をはるかに凌ぐ。NFLやAFLあるいはRUS14の試合は超満員。スポーツ紙面はラグビーで埋め尽くされている。聞くところによると、オーストラリアのラグビーには3種類あって、1つ目は日本でおなじみのラグビーユニオン、2つ目はラグビーユニオンをもっとスピード化したアタックとディフェンスを重視したラグビーリーグ。そして3つ目はAussie ruleと呼ばれるラグビーボールを使った何でもありの究極の鬼ごっこのようなもの。ラグビーはみんな同じかと思っていたら、底が深い。ケアンズにはAFLに所属する地区チームが8つある。地元Cairns Brothersというチームを少し応援する気持ちがでてきたのが不思議だ。デカイ体での迫力ある試合はルールをよく知らなくても実に見ごたえがある。ラグビーはイギリスが発祥。Aussieは、大英帝国の枠組みの中にいまもなお呪縛されているのか、イギリスのスポーツに特化したスポーツ文化を形成している。クリケット、ラグビーのほか、サッカーはもちろん、馬術、競馬、ローンボールなど、まさにあの女王様の国と同じである。 おっと大事なことを忘れていた。Aussieのスポーツでマリンスポーツを外してはいけない。これこそmade in Aussie。世界最大の珊瑚礁グレートバリアリーフと豊かな海岸線を持つ東オーストラリア地区は、あらゆるマリンスポーツ環境に恵まれている。ケアンズの街中にもあちこちにトライアスロンやダイビング、サーフィンなどの専門店がある。もちろんマリンスポーツを支えるオーストラリアン・ライフセーバーの先駆的活躍も見逃せない。イアン・ソープ、マレー・ローズ、ジョン・コンラッズそしてドーン・フレーザー。彼らも決して忘れられない水泳王国の名スイマーである。 (Wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:47
日本人かと思ったら週末マーケットの果物屋のおじさんは、ラオス人だった。ベトナム人、フリッピン人、韓国人、中国人などなど、日本人によく似た人達がこの街で生活している。香港が中国に返還されたとき、反政府系の中国人がオーストラリアに移住してきた。その多くは、経済的に豊かな人達である。中国本土、韓国からの観光客も近年急増している。
オーストラリア国民の大多数は英国系の人達であるが、戦後、オーストラリアは戦災や社会主義革命から逃れた北欧や東欧の避難民や、非英語系ヨーロッパ人を組織的に移民として受け入れ、ギリシャ、イタリア、トルコ、レバノンからも移民を受け入れた過程があり、多くの人種、民族が共存する国を形成している。黒人系の多くは、オーストラリア原住民のアボリジニか、隣接するパプアニューギニア人である。中南米のやや浅黒い顔たちの人達も若干目に付く。オーストラリアは建国200年、いまもなお人口不足に悩み積極的に移民誘致を行い、ヨーロッパ各国とは渡航費を支給する援助移民協定を結んでいる。しかし白豪主義は終焉したとはいえ、アジア系移民の大量移住は事実上禁止され、依然として複合人種社会となっていくことを拒否している。ケアンズは様々な人種が混在している都市にも関わらず、豊かな安定した健全な、高いレベルの社会生活環境を維持している。もちろんこのケアンズで日本人を多くみるが、そのほとんどがワーキングホリディビザの若者か、観光客に限られている。年々渡航ビザの取得条件が難しくなり、オーストラリアは、今のところ日本人を高価な買い物をよくしてくれる最大のお得意様程度にしか見ていない。団塊世代のリタイアとともに海外移住は増えるであろう。ケアンズは、その対象としての人気は高い。しかし、残念ながら年金生活者(Pensioner)はもちろん、一般的日本人では、オーストラリアでのロングステイ(1年以上)はまず不可能と考えてよい。オーストラリアはリタイアメントビザ(正式には、Investor Retirement Visa405)取得の条件に、2005年7月から債券投資が義務づけられている。実際にケアンズに住むには最低約1億円、ゴールドコーストで約1.5億円の資金がいる。近年、オーストラリアは、農畜産物依存経済から、鉱業・農牧業経済に転換していくにしたがい日本が最大の貿易相手国になっている。また日本からの自動車、家電等の工業製品の輸入も急速に拡大している。しかしこの国の本意は、我々の思う方向とは別の方向に向いている。いまだこの国は日本人(アジア人)を真のオーストラリア住民として受けいれを歓迎してはいないのである。 もっとも、わが日本も移民政策に対しては、決して自慢できる国ではないが…。 (Wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:46
10年前、1997年9月20日、ケアンズで、ワーキングホリデービザで渡豪して、1週間にもならない22歳の女性、奥山美智子さんが、「郵便局と買い物に行く」と、居住先のアパートから外出してから行方がわからなくなった。数週間に渡る捜査の末、彼女のアパートから数キロ離れた沼地で女性の遺体が発見され、16歳の少年が、殺人、死体遺棄容疑で逮捕された。
![]() (写真はCivic theaterの脇にある奥山美智子さんのメモリアル碑) 今もなおこの出来事は鮮明に、記憶の中にある。オーストラリアは、誰もが認めるように本当に安全な国なのだろうか?ケアンズはもうこのような事件が起きないのだろうか?表向きケアンズの街は、確かに健全に見える。若い女性たちには、ほとんど緊張感はみられず、いわゆるリゾート感覚の肌を露出した軽装で夜遅くまで闊歩している。つい最近シティプレイス(街の中心)の近くで深夜に集団で観光客を襲った引ったくり事件があった。新聞でも大きく取り上げられ治安の悪化を心配していた。ケアンズは定住人口を将来倍増するとの計画を立てている。都市の肥大化や人口増は安全を脅かす。楽園ケアンズが永続することを願うのみ。 交通ルールは、日本と同じであることから、当然車は右ハンドル、左側通行で日本からの観光客は快適にドライブすることができる。特にroundabout(ロータリー式の交差点)での右側走行車優先に戸惑うが、注意すれば難しくはない。交通量が増えるとroundaboutでは機能上、渋滞は避けられなくなる。(日本でもかってあちこちにあったロータリーは、ほとんど撤去され、信号機に代わった)。小さな街ケアンズでも車社会が進行。外車の売り込みは激しい。もちろん日本車の評価は高い。韓国車の攻勢も猛烈。ただしオートバイはほとんど見かけない。車の増加とともに心配なのが交通事故である。足の速いカンガルーさえも車に轢かれる国。歩行者もドライバーも注意だけでは防げない。そろそろ交通規制の見直しも必要かも。 この国では、「自己の責任と義務」が明確である。水辺や崖淵でも手すりを設けていない。子供が誤って落ちようが、ケガをしようが、すべてそれは本人の不注意。ワニやサメに襲われても公共側は一切責任を取らない。ホテルのプールにもライフガードはいない。何でも国や自治体の管理責任を問うどこかの国民とは大違いだ。見習うべきか。 (Wrote2006) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:40
ケアンズのEsplanadeは、ウッドデッキで作られた遊歩道と緑の公園を組み合わせ、それにラグーンをイメージするプールやKidsPark、バーベキューなどのファシリティが整備され、国内外から多くの観光客を呼び寄せている。ケアンズ市はさらに世界一の魅力的なEsplanadeとするための工事を進めていて、完成すれば長さ約2kmの素晴らしいEsplanadeとなる。今年(2006年)中には完成するらしい。新年には、裸足のランナーがまた増えることでしょう。
このEsplanade沿いには、ホテルやアパートメント、コンドミニアムが立ち並んでいて、この整備にあわせてまた新たな建物が建設中であり、超高層計画のうわさもある。完成間近で、分譲中の真白いハイグレードのアパートメントが気になり、いかにも買うようなそぶりで、レセプションデスクで眠そうな目で客待ちしていた若い女性に内覧を頼んだ。実際の購入交渉は不動産屋とやってくれといわれたが、彼女は隙に飽かして(?)快く室内を見せてくれた。おそらく売値は1億円を越すであろう。オーストラリアでは、投資的に住宅を買い、他人に貸すことで利益を得る目的で購入するケースが多い。短長期の滞在者はそのような住宅を借りることになる。ケアンズは国内外からの流入人口増が続くと予想されている。都市インフラの整備にあわせ投機的アパートメントの建設ラッシュがしばらく続くのは間違いないようだ。 ケアンズは、サイクローンがちょいちょい来るが、建物を一瞬で破壊するような地震は起きない。従ってどの建物も内部空間機能やデザインを優先し、見るからに細い柱で支え、極めて自由な設計をしている。写真の建物、上階と下階と柱の位置がちぐはぐ??あの有名になった日本の一級建築士は、もしケアンズであれば、全く問題にならなかったであろう。ところで、オーストラリアの住宅設備で、聞かされてはじめて知った常識がある。それはガスレンジの上の換気扇である。日本では、調理の熱や煙をダクトで建物の外に吐き出すが、この国では、換気扇フードの上から直接に室内に吐き出す。信じられないかも知れないが、本当なのである。私の住んでいたコンドミニアムもまさかと思ったが、換気扇の下の壁に赤文字でWarningが表示されている。「調理の時は、窓を開けるか、冷房をかけるように、もし警報が鳴ったら消防が駆けつけます。場合により罰金が科せられます」だとさ!おおらかというか。アバウトというのか。Aussieは、魚は焼かないし、ガスオーブンを多用するし、高層アパートでは、電磁調理器(IH)が主流となると、確かにますます外部に強制的に排出さなくてもよいのかも?狭い家に住んでいる貧乏人の発想とは違う….ウ~ム。 (Wrote2006)
# by tn-dragon | 2008-03-10 10:39
背中にザック(Back Pack)を背負い、格安旅行をする人たちをバックパッカーという。
日本でもひところ北海道などに見られ、その姿からカニ族と呼ばれていた。ケアンズにはバックパッカーがとても多い。こうした旅行者に対して、ケアンズでは格安の宿泊施設や旅行案内所があちこちにあり、彼等にとって実に棲みやすい環境を与えている。 バックパッカーズホテルやユースホステルの部屋の基本はDormitoryで、相部屋形式となっていて男女一緒というのも珍しくない。宿泊料はA$15~35程度である。もちろん女性専用のHostelもあるが…。 カニといえば、泥カニ(マッドクラブ)はケアンズのシーフードレストランには欠かせない食材。 しかしどの店もマッドクラブには価格が表記されていない。つまり水揚げ量による時価。つい店頭でパスをしてしまう。マッドクラブは、つめに肉がたっぷり、甘みもたっぷりということだが、特別にうまいものでもない。ハワイやマレーシアで何度も食べたことがあるが、ここケアンズではまだ口にしていない。なんとなく気乗りしない。 カニではないが、近海でセミエビ(バグ)、車エビなどが獲れる。Esplanadeでも上げ潮のときに、朝早くから投網でエビ採りをしている人を多く見かける。オーストラリアにきたら、朝食にはVEGEMITEが定番。ケアンズのスーパーにもレジの近くにたくさん置いてある。Aussieは大人も子供も大好きとのこと。見た目はチョコレート。しかし味の方は???イカの塩辛に似ていて、トーストに塗って食べる。興味本位に一度は口にするが、ほとんどの日本人には苦手。長期滞在の強みか、これを知らない何人かの日本人団体観光客に店先で薦めたこともある。果たして彼らはAussie気分を存分味わったろうか?? ワイナリーで作られているCHANDONというジャムのようなものも、Aussieは朝食に旨そうに食べる。しかし味はやはり??甘い漬物のようで実に奇妙である。日本人とは根本的に味覚のセンスが違うのかも知れない。 (Wrote2008 # by tn-dragon | 2008-03-10 10:36
南北2.5kmのEsplanade(海浜プロムナード)のあちこちにCommemorate Plaqueが見つかる。Esplanadeを作る際に基金を受けた方の植樹や各種の公園施設の脇に、寄贈者の名前、メッセージが刻まれているものである。恋人へ、亡き妻に、結婚の記念に等々。大戦の戦死者のメモリアルもある。また、メルボルンオリンピックの聖火リレーの起点の碑もある。Esplanadeの南端には、ケアンズとの姉妹都市を結んだ都市の名を刻んだCommemorate Plaqueが並んでおかれている。
徳島県の日和佐町(1969)、パプアニューギニアのLae(1984)、カナダBritish ColumbiaのSidney(1984)、USA ,ArisonaのScottsdale(1987)、そして2006年に私たちがケアンズを最初に訪れた時に、ホテルでの調印記念ディナーに付き合った栃木県の小山市の計5都市が、ケアンズとの姉妹都市になっている。日和佐町は、海亀が砂浜に上がってくるところとして有名で、自然の繁殖を守っていく共通の理念で結ばれたという。小山市は、市内の1企業が始めたエンジニア、子供たちの交換留学を、小山市として功績を認知し、便乗する形で姉妹都市を締結したという。 ところで、姉妹都市とは何かを考えさせられる証があるのが、ケアンズ市立図書館にある。締結時に日和佐町がケアンズに寄贈した品々が、図書館の一階中央のコーナーにガラス棚に陳列されているが、40年間まったく手をつけた様子がなく、薄汚れ、傷みも激しく見っとも無い状態になっている。日和佐町はこのことを知っているのだろうか。似たようなケースであるが、マレーシアペナンの植物園の一角に造られた板橋区立熱帯植物園との友好記念として造られた日本庭園は、見る影もなく草茫々。 現地の事情を理解しない日本のODAの仕方と同じである。板橋区へは後日写真を送った。小山市が交換留学を引き継ぐならば、そうならないように願いたい。 オーストラリアは、日本の21倍もの国土の面積を持ちながら、わずか2080万人の人口しかいない。ちなみにアメリカは同じ面積で2億人を超す人口である。この差は、国土開発に要する基本的な財源が極端に少ないということになり、しかも国土が広い故に、町と町を結ぶ道路、公共施設、防衛治安等々のインフラにかかる国民の負担は過大な額になると考えられる。そうした事情にもかかわらず、この国では、ケアンズのEsplanadeに見られるように、公共施設や高速道路網等が、よくここまで整備できるものだと感心する。石炭などの豊富な天然資源、農畜産物が国家経済を支えているとはいえ、国民の税金負担は決して楽ではない。ガソリンは日本並みの高い税率を課せられているのもうなずける。注)日和佐町(ひわさちょう)は、2006年(平成18年)3月31日に由岐町(ゆきちょう)と合併し、美波町となった。 (Wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:34
世界自然遺産グレートバリアリーフといえばケアンズ。世界的に魅力的な観光地であるにもかかわらず、このケアンズからいま日本人観光客が減少しつつある。2007年の統計ではQLD州の全観光客数83万人に対し日本人観光客は1/4の約21万人を占めるが、前年より8%も減少している。昨年ケアンズ~名古屋間に格安運賃のJETSTARが就航したが、実効果はなく減少傾向は止まらない。今年にはいってもかなりの苦戦が予想されている。最大の原因は円安(08年3月現在A$1=100円)、航空運賃の値上げ、ケアンズの物価高騰、それと最近のサブプライムローンの影響での日本国内の景気懸念が考えられる。
2年前、ケアンズの街中にあれほどウジャウジャいた修学旅行生や、ファミリーでの観光客も、たまにしか見かけなくなってしまった。若いワーキングホリディのビザできている連中を時折見かける程度で、様変わりの様子となっている。ケアンズの日本人相手のみやげ物やツアー旅行社は軒並み苦境に立たされ、店を縮小しているところもすでに出てきている。こうした現象を目の当たりに見ると、日本人の海外旅行者の行動心理は、まだまだ地についてなく、少しの環境の変化や雷同的な刺激で極端な判断をとるall or nothingのきわめて不安定な精神構造とも言える。中国人や韓国人旅行者がこのところ増えてきたとはいえ、圧倒的に日本人がケアンズ経済を支えているといっても過言ではなく、このままでは深刻な問題になりかねない。QLD州では、豪華客船の寄港誘致や中国や韓国からの航空便を増便するなど、航空会社、港湾局そしてQLD州観光局が協調して減少を食い止める代替策に躍起である。 (写真はケアンズに寄航した飛鳥Ⅱ) そもそも、3年前にリタイアメントビザの取得に1億円から1.5億円もの投資資金を用意させる愚挙に出たのがケチの始まりのような気がする。 日本からの退職者の豪州行を100%断念させた。その影響を、オーストラリア政府はどれだけ気がついているのだろうか。捕鯨反対に目を向けている場合ではなかろう。その後の減少はあまりにも顕著で、日本の長期滞在者や移住者が当然するだろう住宅投資や長期賃貸がパタリと途絶えてしまった。事実、最近新たにケアンズに定住したという日本人をほとんど耳にしていない。一部の国内投資家が不動産をいまだにつり上げ、ビル建設現場も目立つ。一戸建て住宅の平均価格はA$35万にもなった。しかし新聞の住宅情報欄ではFor Saleのページが増えだし、街中ではテナントが抜けた建物があちこちに見られるようになった。その一方で、人口13万人のケアンズはいま極端なベビーブームである。昨年(2007年)2568人ものベビーが誕生した。その理由は多額の出産手当(A$4100/人)や家族手当(年間A$4314/子供1人)、保育費等、州からの補助が手厚いことが現実的な背景にある。子供を持つことで生計の足しにするSingle Motherやバツ1、バツ2は当たり前、悪しきヤカラもたぶんにいると聞く。 ラッド新首相はどのような舵取りをするのであろうか。 長期滞在中にケアンズに寄港した豪華客船をブログにして公開しています。 ケアンズに寄港した世界の豪華客船 http://gokasen.exblog.jp/ 注:世界的な金融危機でオーストラリアに対する外資の投資機運が急激に薄まり、豪ドルが08年12月には40%減もの大暴落(A$1=60円)をした。豪ドル安が一過性の観光客を呼び込むかも知れないが、将来的展望はかなり不透明である。 (wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:33
ケアンズではしつけができていない犬は散歩に連れ出すことは禁止されている。したがって飼い主の前を、飼い主を引っ張るように歩く無作法な犬はほとんど街では見ない。
散歩に連れ出す犬には、主人はおのれではなく人間様であることを、徹底的に仕込まれているのであろう。また、道端でフンをしている犬もまずお目にかからない。おそらくしないないように躾られているのであろう。Esplanadeでは、犬を連れて自由に散歩できる。ここでもし粗相をしてしまった場合には、飼い主がすぐに処理できるようにところどころに専用の黄色いボックスが用意されてある。個人も公共も、街の美化、マナーに細かい気遣いがされている。実に気分がいい。 ![]() 人間はというと、問題はタバコ。ケアンズではまだ歩きタバコは禁止されていないし、分煙もなされていない。しかし、捨てられた吸殻はまず見当たらない。吸殻を道路や歩道などに投げ捨てると罰金が科せられるのである。しかもオーストラリアでは、タバコ屋も少なく、自販機も見当たらない。またタバコは異常に高価(1箱1000円以上)であり、ヘビースモーカーはたちまち小遣いをつかい果たすことになる。そのためか、街中でタバコを吸っている人は一部の観光客で、えらく少ない。また白人系の人が好むガムも、噛んでいる人もまず見かけない。コンビ二で売ってはいるが目立たない。結果的に街には投げ捨てられたwadはなく、街の汚れはせいぜい鳥のフン程度で、実に清潔な感じを受ける。 オーストラリアの成人年齢は18歳であるが、かつては21歳であり、21歳になると、「自分のことは自分で責任を持ちなさい」という意味で家の鍵をもたされたという。今でもその伝統を受け継いで、21歳になると仲間を呼んで盛大なパーティーをし、一晩中飲んで騒ぐ。カード売り場には今でも特別な日として21歳を祝うカードが売られている。 ![]() 法律的には18歳で酒をのんでよいことになっているが、未成年への酒類の販売はできない。たとえ親のお使いであろうとLiquor shopやBottle shopでは売ってくれない。またこの国では、酒の販売が許可制になって取得には厳しい審査と金がかかるという。ひところの日本の酒屋と同じである。違うのはどこのレストランでも酒が飲めるわけでなく、酒の提供できるレストランはLicensedと名乗っている。BYO(Bring Your Own)というレストランがあるが、ここでは「お酒の持ち込み歓迎」というシステムである。許可をとるのに、お金がかかるくらいなら、お客に好きなお酒を持ってきてもらった方が良いという発想で生まれた。もちろん若干の持込料は取られる。BYOの近くには必ずといっていいほどLiquor shopがある。Bottle shopはまとめ買いするのに便利である。 (Wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:32
ケアンズというとなんとなく青い海と白砂のビーチをイメージするが、実はケアンズの海岸は、北に20kmほど郊外に行かないと、いわゆる砂浜のビーチとはならない。
市街地のEsplanadeに沿った海は、大型客船が入港できるほどの港があるが、ほとんどは遠浅の泥のような海岸で泳ぐことはできない。塩水ワニが出たこともあり、注意書きもなされている。また南はマングローブに生い茂る海岸線となっていて近寄れない。北の方のシーサイドビーチは、セレブの別荘も点在し、青い海と白砂の実に美しい景観が続いている。ところどころにはホテルのプライベートビーチもあり、小さな子供たちがブイに囲まれた安全な海水浴エリヤでにぎやかな声を上げている。 ![]() 最近、Holloway’s Beechで女性の旅行者が,毒くらげ(Marine Stinger)に刺され病院に搬送されたことで、北部の各ビーチが一時閉鎖された。上げ潮で弱い北風そしてベタ凪の日はくらげにとって最高のコンディションで、刺されたら場合により肺気腫も起こすほどの致命傷になるという。海に入る時は、水色のくらげ避けの全身タイツ(A$5.00で貸してくれる)を着用するか、ライフガードに海の状況をよく聞く必要がある。 ところで、グレートバリアリーフの玄関口であるケアンズの近郊の海は、20世紀前半まで、中国で買い手に事欠かないほどのナマコの産地で、古くは1600年代からリーフに囲まれた浅瀬の温かな海の中で、たくさんのアボリジニ人労働者にナマコを獲らせていた。 いまダイバー達の中継基地であるグリーン島、そしてヌーディストビーチがあるフィッツロイ島は、当時ナマコの加工工場や処理場があったということを、ほとんどの観光客、いやAussieすらも知らずに観光を楽しんでいる。 ケアンズは、クイーンズランド州の北部に位置し、ゴールドコーストは最南部にある。クイーンズランド州は日本の約5倍の面積、南北約2500km(東京から台湾を越える距離)の海岸線を持っている。クイーンズランド州を縦に貫く国道1号線は、その海岸線に沿ってケアンズから南に下がり、シドニーからオーストラリア大陸の最西端パースまで、7700kmと、とてつもない長い距離の国道に続いている。またクイーンズランドの鉄道は海岸線をケアンズからブリスベーンまでTilt Trainという特急で25時間の長旅となる。特急Tilt Trainはオーストラリア随一のスピード(最高160km/h)を誇る列車である。週2日、朝8時15分ケアンズ発の1日1本ということで、残念ながらまだ姿を見る機会がない。(Wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:31
国や地域によって横断歩道の信号はさまざまですが、ここケアンズでは、日本から初めてきた人は誰もが一瞬戸惑う。オーストラリア全国共通ではあるが、青信号で渡ろうとすると2~3秒で赤信号の点滅に変わる。日本的考えでは、横断を始めた人は、これは大変と急いで渡らなければと思うし、場合によっては引き返す。これから渡ろうとする人は渡るのを止める。しかし、本当は赤点滅でもゆっくりあわてず、しかも新たに横断を開始してもかまわないのである。本人が点滅の間に完全に横断できると自分で判断したならば「進め」なのである。もちろん赤でも車がこなければGO! これもすべて自己責任。
マレーシアでは、青信号の歩行者の絵の足が駆け足になる。反射的に歩行者の気持ちを急がせる。ハワイではJ-walk(横断歩道を渡らないで、道路を横断すること)には罰金が科せられることになった。青信号を待たず赤信号で平気で渡り始めるどこかの国民もあり、歩行者横断は国柄、民族性の違いを感じるとる物差しでもある。 一年中夏状態だが、ケアンズには四季が一応ある。各シーズンには特有の果物や花が出揃う。 それほど極端ではないが雨季、乾季もある。夏季は、オーストラリアの南部の州では、夏時間(Day light saving time)を採用し、1時間早まる。しかしケアンズのあるクイーンズ州は、そのままで変わらない。夏時間の目的は省エネルギーであるために、ここQLD州では実効果がないのである。市民の日常スタイルは早起き早寝であり、特に改めて1時間繰り上げる必要はないのである。日本人のケアンズ永住者、滞在者(観光客は除く)さえ、大抵は朝5時半に起きて、まずは日本のNHKテレビのNewsを見るのが日課で、ここから1日の行動が始まる。日本からの一般TV放送はこのNewsのみで、日本からの番組は放送権料が高いために、こちらのTV局はよほどのことがない限り放映しない。有料のケーブルと契約するか、あるいはレンタルDVDで我慢するか、大きなパラボラアンテナをつけるしかない。NHKが国際放送への取り組みに不熱心といわれる由縁である。ケアンズの在留邦人はTV放送形式が違うために日本のDVDはまともには再生できない。多くのケアンズの市民は暑い日中をさけ、早起きし涼しいうちに用を足す。散歩を楽しむ人も多い。健康ライフの典型がここにある。(Wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:30
オーストラリアの住宅ローンの金利は、5年前の6.05%から9.02%(25年返済)に直線的に引き上げられてきた。シドニー、メルボルンなど、主要都市が先導する形で、いままで異常なバブル状態になっている住宅価格の高騰は、ここケアンズでも投機的要素を含み昨年1年間で16.7%の異常な値上がりとなっている。高い金利のローンを組んでも十分値上がり分で吸収でき、よりいい住宅に買い替えも可能であった。当然に一般家計における住居費の負担が増し、ローン返済が困難になるケースや、他の出費を圧迫する家計も増加しているはずである。ここにきて、エコノミストなどから頻繁に警鐘が出てきた。じわじわと波風が立ち始め、街中は For Lease、For Sale の看板が目立つようになり、ブームにも陰りが見え始めてきた。物価は明らかに高く、インフレアクセルも一層加速との予測も出始めている。
オーストラリアのGDPは日本の1/5、金融資本は全世界のわずか1.6%といわれ、米国、日本などが風邪引けば一気に吹っ飛ぶとの見方もある。オーストラリアは外資を呼び込まないと国内経済が成り立たない宿命にある。そのために投機者への高金利政策が不可欠となる。徐々に高騰している豪州ドルの為替レートは、オーストラリアに拠点を持つ輸出産業も絞めつけることになる。日本のホンダ、マツダ、スズキはすでにオーストラリアでの現地生産を止め、今後は市場性の高い中国、ロシアに生産拠点を移す。三菱自動車も近く撤退すると発表され、工場のあるアデレードでは一気に失業者が町にあふれると、てんやわんやの状態となっている。 わずか2040万人の国内マーケットでは、所詮商売にならないのである。今のところトヨタのみが踏みとどまり、他の日本車はすべて関税率の高い外車になる。ガソリン高騰とあいまって、Aussieの必需品の車はますます重い負担になってくると考えられる。車検がないこの国では、2,3年後はポンコツ車がはびこっているかも知れない。われわれ日本から来た年金族(pensioner)にとって余計なことだが、オーストラリアの年金制度について関心がある。彼らはいくらもらっているのだろうか気になるところである。 オーストラリアの年金制度は、公的年金の老齢年金(Age Pension)と私的年金の退職年金(Superannuation)の2つから構成されている。老齢年金は税金から支給され、2週間ごとに、一人A$427(夫婦ひとりにつき)が支給される。また退職年金は給与の9%を義務的拠出として雇用者に課せられ、その基金を運用に回し、年金として2週間ごとにA$500に満たない額の年金が支給される。夫婦で多くて月20万円程度と考えてよい。これでは決して楽に暮らせないであろう。別に個人積立てによる年金(Voluntary contribution)を併用せざるを得ない。どこの国も年金問題は大きい。そのくせ何故かAussieは貯金を好まない。今日現在の楽しみを最優先する国民なのである。“明日は明日の風が吹く”ということか。いまだに英国女王様を元首とするこの国が、第2の英国病にならなければよいのだが。(wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:27
ケアンズは熱帯雨林気候に属するが、ほんの1時間も車に乗って山を登りきると、そこはサバンナ気候あるいは温暖少雨気候帯に入る。ケアンズでは、グレートバリアリーフ(GBR)と熱帯雨林(Rain Forest)が観光の主力となっているが、ケアンズ高原にはテーブルランドと呼ばれるまた別の世界が広がっている。昔は火山だった一帯がカルデラ湖や牧場地の広がる美しい高原になっている。ケアンズ観光の穴場でもあり、まだ観光客の姿はまばらである。
この高原には、一面のコーヒー畑、マンゴーやパッションフルーツ、ブドウなどの果樹園も多くあり、サトウキビ、とうもろこし、ファッションレタスなどの作物畑も点在している。木が生い茂る熱帯雨林気候とこのテーブルランドとの際立った変化に驚くとともに、さらにその先には赤茶色の大地アウトバックが広がる。高原の町マリーバのコーヒーはキリマンジャロを品質改良したもので味は一級品である。南洋桜と呼ばれる美しい紫色の花を咲かすJacarandaの並木をくぐり抜けとコーヒープランテーションJAQUESがある。ここでの見学は是非お奨めしたい。模型飛行機のような小さなプロペラ機(乗るのには勇気がいる)でコーヒー畑を空の上から観ることができる。地上では収穫した実を運ぶ赤い派手なトラックの荷台に載せてくれて特別に農園を一周しくれる。農園のワンちゃんも客人と一緒に同乗し、農場や加工場を見て回る。最後に挽きたてのコーヒーを賞味。農園主の奥さんはやや太めだが美人だし、陽気な声でどんどん園内を案内してくれる。ここでは十分に牧歌的な雰囲気を味わえる。 高さ1.5mもあるだろうか、高原のあちこちにお灸のように不気味に盛り上がった赤茶けたアリ塚がある。自然の不思議さ、光景に感動する。森の中に小さいがとても美しい滝がある。この滝でロケした「美女が沐浴するTVコマーシャル」がいまオーストラリアで評判である。ケアンズの高原、ここは時の流れを忘れ、オーストラリアにいまきているんだという実感を与えてくれる。 ![]() (wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:25
200年前、植民地化されてからの迫害そして1901年連邦が結成され憲法が発効すると共に強制的に居住地へ移住させられたアボリジニ人(stolen generation)に対し、ほぼ一世紀後の今日(2008/2/12)、ラッド新首相が、政府として初めて謝罪した。国として公式に謝罪(apology)したのは初めてである。(写真は2008.2.12の謝罪報道)
![]() ![]() 現在アボリジニは大陸中央の居留地Northern Territory(日本の3.7倍の面積)を主とし、国内全域に居住している。総数75万人ものアボリジニ社会は独自の文字はないが言語や慣習、物質文化において、きわめて高い同質性(Animism)を持っているといわれている。過去の政府によって子供たちも含め、一方的に白人文化やアイデンティティをアボリジニに押し付けてきたことが反省され、軌道修正への第一歩を踏み出したといえる。アボリジニが本来の居住地(先住民権原)に戻すよう強く訴えている理由は、アボリジニは土地との結びつきが非常に強いからである。彼らと土地との結びつきを証明するものとしてあの独特のデザイン絵画が存在していることはよく知られている。ヘビはアボリジニにとっての創造主を表すものである。みやげ物店や文化センター(Tjapukai)等でみられる彼らの聖物や伝統芸術に基づいて創作されたさまざまな物品やパフォーマンスが、彼らの抵抗運動を主張しているものと思うと、意味深いものがある。土地を失い、文明社会に翻弄され、やむなく一見ホームレスか乞食のように貧しく都市に居住しているものも少なくない。彼らは決して本望ではないはずである。観光都市ケアンズの街中にも、一部嫌われ者のようにいるアボリジニ家族をみると身につまされる。 世界自然遺産として有名なエアーズロック(アボリジニ語でウルル)へは、ケアンズ空港からも毎日のように大勢の観光客が出発する。しかしここはアボリジニのアナング族の聖地なのである。彼らは登山しないよう観光客にメッセージを強く送っている。しかしながら強制力がないために、多くの観光客は頂上に登る。彼らの文化・宗教観を尊重すれば登らずに眺めるだけで畏敬すべきと思うのだが。私は今後も行くことは決してなかろう。 (wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:24
Aussieの定番は肉。レストランでステーキを頼むと小さくて250g、普通は300gのワラぞうりのような大きな肉の塊と山盛りのサラダそしてペーストポテトかポテトステックが添えられて出てくる。なんとメニューには1kgのびっくりRumpもある。Entréeのテリーヌだけでも腹いっぱいになる。いったい誰がこんなの食べるんだ!と思うほど量が多い。日本人は1人前を2~3人でシェアしてちょうど良い。レストランでの注文は、慣れてくると大概はシェアするのが当たりまえとなる。Aussieの胃袋サイズは日本人とは比較ならない。Aussie料理は、味も下手な英国流を受け継いで、何を食べても大味でうまくはない。味や見立てよりも量が優先。ケーキ類はバカでかく、えらく甘い。こんなものを毎日食べて、よく病気にならないものだと感心する。高カロリーで量が多い。
当然に、みるみる肥満となる。デカイ尻と腹をゆすって歩く。街でメタポの男や女を探すのに不自由ない。過酷な減量に挑戦するテレビ番組<The Biggest Loser>に人気がある。 彼らは日本の女性のダイエットとはケタが違う。40kg減は当たり前、80kgや100kg減量達成の女性も出てくる。そして涙を流しながら減量挑戦のつらさを視聴者にまじめに話す。この国は何かおかしいと思わないほうがおかしい。(写真はTV番組「The Biggest Loser」) Xmas休暇から、翌年1月26日のオーストラリアデイ(建国記念日)の休日までの約1ヶ月間は、オーストラリアでは夏の長期バカンスの季節となる。20日程度の有給休暇と土日、祝祭日を加え、多くのサラリーマンたちは一斉に長期休暇に入る。こちらの学校は暦どおり年が明けてから新年度に入る。したがって学校も新学期や、入学前の休暇となることから、ほとんどのAussieは家族全員で旅行に出かける。真夏とはいえ、ケアンズはリゾートのメッカ。シドニー等南部の都市から多くのAussieが家族連れやカップルできて、ホリディアパートメントを借りて休暇を楽しむ。もちろんバックパッカーも急増する。日本の正月休暇と重なり、この時期のケアンズは国内外の観光客であふれかえる。そして長期バカンスが終わった1月27日からは、急に子供たちの姿が消えケアンズの街は静かになる。観光地のレストランは逆にAnnual HolidayとなりAussieの洒落で、「Gone Fishing」の看板を店先にたて、長期の休みに入る。 “よく働きよく遊びよく食べ。そして良く太り”。オーストラリアの人たちは生活を存分に楽しんでいる。(Wrote2008) ![]() # by tn-dragon | 2008-03-10 10:22
グレートバリアリーフの玄関口としてケアンズは有名な観光都市であるがゆえに、いつも明るい青い海と青い空をイメージするが、実はケアンズが位置するクイーンズランド州(QLD州)の熱帯雨林地域と呼ばれる東部地区は非常に雨が多いところでも知られている。特に夏場は雨季といわれるほど雨が毎日良く降る。だからこそ世界自然遺産ともなる豊かな熱帯雨林が存在するのかもしれない。12月から3月にかけて赤道地帯に吹く季節風(モンスーン)がQLD州に襲い駆る。今年は特に活発で、連日あちこちで豪雨水害が多発している。
ケアンズの南20kmのInnisfailでは10時間で728mmもの集中豪雨があり、町全体が孤立してしまった。またケアンズから南に140km先のTully付近は、オーストラリアで最も雨の多い地域で、年間4,200mmもの雨が降るところとして知られている。町ではないがケアンズの近くのMt.bellenden ker(1598m)では年間8,000mmもの雨が降るという。ケアンズ市内でも年間2,300mmの雨が降り、夏の1~3月で年間雨量の半分以上の雨が降る。東京の1年分に相当する。この季節、大陸南部の海域は南極からの冷気に包まれ高気圧帯となり、その北の縁にあたるQLD州は低圧部となり季節風が流れ込みやすくなる。 その影響で長い間雨が降り続く。一方、高気圧に覆われる南部のヴィクトリア州やサウスウエールズ州は雨が降りにくくなる。ここ2、3年はひどい旱魃に見舞われ、山火事が多発し、小麦などの作物が不作となった。(左は雨季の典型的な天気図)豪雨、そしてサイクロンが頻繁に来襲することも周知しているもかかわらず、QLD州の水害対策は決して十分ではない。ダムも豪雨には役立たない。河川は自然のままで、治水対策も万全でない。 下流域はすぐに洪水になる。そして長い間水が引かず交通が寸断され孤立する。ケアンズは大半が埋め立て地であることからで、中心街は満潮位から1mの海抜に満たない。サイクロンが直撃すれば街全体が水浸しとなることは必至で、海辺にある公立病院では機能が完全にマヒするのではと専門家は強く懸念している。2007年に発動した津波警報の際、病院では100人以上の患者を一階から避難させたという。ケアンズ市内北部のバロン川には堤防らしきものはない。ワニが生息する川である。もし氾濫した場合どのような事態となるのであろか。真面目な話、QLD州の有り余る雨水を南部の旱魃地帯あるいは大陸中部の砂漠地帯に送り込む壮大な21世紀送水管構想はないものだろうか。 (wrote2008)
# by tn-dragon | 2008-03-10 10:21
オーストラリアの国旗は左上のイギリス連邦を示すユニオンジャックとオーストラリアの6つの州と特別区(Northern Territory)を示す左下の大きな七稜星(Commonwealth Star)、そして5つ星の南十字星(Southern Cross)から構成されている。 制定から約1世紀を経過して、この国旗をいま変えようとしている動きが起こっている英国の女王を元首とする国が、またひとつ親離れし、ユニオンジャックを取り去ろうとしている。現在、ユニオンジャックを国旗の一部
としているのはオーストラリアやニュージーランド、ツバル、フィジーである。カナダは、すでにカエデマークに変わりユニオンジャックは国旗から消された。ニュージーランドの変更運動とともに、オーストラリアもこの国旗変更プロジェクトが立ち上がり、日本の週間雑誌「ハナコ」の表紙に15年間飾られていたあのオーストラリアの代表的画家ケン・ドーンも活動に参加しているという。オーストラリアは立憲君主制国家でありながら、連邦総督なるものが存在する。つまり議会制民主主義国家の首相でもこの連邦総督に罷免されることもありうるという奇妙な国家である。1975年に1度罷免があったそうだ。 1999年共和国化の国民投票があり、そのとき共和国派が予想外に敗北し、保守派が根強く残った。以来オーストラリアのアイデンティティは今日まで実に曖昧なものとなっている。英国に依存してきた経済体制は、もはや日本やアジア諸地域の成長により、国際競争力強化を迫られ、実質英国志向から脱却をせざるを得なくなっている。現在のオーストラリアは不安を背景に、2040万人の国民は自らの存在意義を見出そうともがいている。しかしこの国の人たちは、まだ移民1世、2世が多く、まだオーストラリア生まれの生粋のオーストラリア人は少ない。国旗変更が、国民の総意となって押し進むには、まだまだ時間がかかるであろう。1月26日をオーストラリアデイという。オーストラリアの建国記念日である。ケアンズの町中にもオーストラリア国旗をスーパーマンのように背中になびかせ走り回っている一団がいた。この日を建国記念日としたのは、 1788年1月16日に初代総督がニューサウスウエールズのポートジャックに流刑人780人と海兵隊およびその家族1200人を上陸させ、白人による大陸支配が始まったことによるという。もちろんこの日からアボリジニは、王室領不法占拠というレッテルを貼られることになった。勝手に乗り込んで無抵抗の住民を払いのけ、建国とは何事か。ひどい話である。白豪主義から多文化国家への移行と共に、共和国化推進の動きが再燃してくるのであろうか。新しい国旗を早く見たい気がする。ちなみに現在のオーストラリアンカラーは、緑と金色である。ケアンズの街中にあるケン・ドーン(Ken Done)の店は必見である。右のKen Doneの絵は筆者所有 (wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:20
1800年代から1900年初頭まで、ケアンズで最も影響力をもっていたアボリジニにYe-I-Nei(yi-neeと発音)というリーダーがいた。彼は“King of Cairns”と称されていた。
Ye-I-Neiは、Yidnji族の小一族 Gimuy Walubara族のレーダーで、白人が入植の頃、伝承の土地と神聖な場所が開発によって失われていく際に、対立するGimuy Walubara族と入植者との間で“平和に取り持つ”役割を果たした。クイーンズランド州政府は、彼に真鍮とブロンズの合金でできた首飾り「キングプレート」を授与した。(写真はEsplanadeの展示パネル資料より転載) yidnji族の人々の子孫は、いまもDjabuganydji Yidinydjiと称する部族名で、ケアンズに居住し、昔からの伝統を継承しているという。ケアンズ観光で有名な「Tjapukai Aboriginal Cultural Park」は彼らの文化を紹介するきわめて貴重な施設である。 一見怖そうに見える彼らアボリジニも、声を掛ければ一般市民と変わらない。子供たちの写真を撮らせてと頼むと快くポーズをとってくれる。おじいちゃんは英語が怪しいが子供たちは、すっかりアボジニナルオージー。もちろん街中をうろつく生活レベルの低いアボリジニもいるが、学力と職を持つアボリジニが多くなってきたのだろうか。彼らの瞳は実に美しく輝きだしている。白豪主義が抜けきらないオーストラリアにあって、ここケアンズだけが豊かな自然を背景に、陸、海の伝承者Djabuganydji Yidinydjiと共存共栄する理想郷となってほしいと思うのは私だけであろうか。 ケアンズには実際にアボリジニと触れ合う機会が多くあり、街中の民芸品店や「Tjapukai Aboriginal Cultural Park」の他に、ケアンズの北300kmにあるCape Yorkでは、隔年6月に「ローラ・アボジニナル・ダンス&カルチャーフェステバル」が開催され、QLD州内外から25以上の部族が集まり、歌に踊り、そして工芸品が披露され、また伝統楽器によるコンサートも開かれるという。機会があったらいってみたいところである。一度シドニーで聴いた最古の楽器、アボリジニのディジュリドゥの低い音色と近代音楽とのセッションは、なんともいえない不思議な音楽として今も耳に残る。 (Wrote2008) # by tn-dragon | 2008-03-10 10:19
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